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2007年10月 4日 (木)

「これキレイな花だねぇ」
「コスモスっていうんだよ。雑草みたいに丈夫で、ものすごく
(庭に)増えたよ」
「こんなにキレイなのに雑草って・・・」
「雑草みたいに丈夫で強いって事だよ」

そんな会話を数十年前交わした母はもうこの世にはいない。
母が亡くなって、もう4年もの月日が過ぎた。
そう、今日は母の命日だ。
ちょうどコスモスが咲く頃に母は突然いなくなった。
しかも私がコスモス畑を見に行っている間に・・・。

母が亡くなってしばらくは、この世にいないという事が実感でき
ずにいた。遠方に居てしばらく会っていないという感覚だった。
その一方で、母にもう会えないという寂しさや孤独感、言われ
もない憤りやそして後悔・・・。精神的に不安定な時にこそ、そん
な感情が沸いてきて、「なぜ私には母がいないのだろう」と思う
時もあった。(←今でもまだそう思う時もあるが・・・)

でも、最近になってようやく母が本当にこの世から居なくなった
事は理解できてきた。璃桜が生まれた頃からかもしれない。
大好きなコスモスの花を、悲しい思い出の花にはしたくはなくて
生まれてくる我が子にコスモス(秋桜)の一文字をつけた。
母の命日と生まれてくる日があまりにも近い事、そして女の子。
本当に璃桜は母の生まれ変わりなのかもしれないと思ったし、
今もそう思っている。我が子に母の面影を重ねる時さえある。

そして、私自身の中にも母の存在を感じる時がある。
以前は母からは特に料理も何も教わらなかったと思っていた。
でも、本当はとてもたくさんの事を私は母から学んでいたのだ。
お米のとぎ方や揚げ物の揚げ方といった料理の基本や、掃除
洗濯の仕方等はもちろん、子育てに関する事もだ。
小さい頃から母の見様見真似でやってきた事が今の私の家事
や子育ての基本となっているような気がする。
子育てに関しては、本人からはもちろん直接は聞けなかったの
でわからないが、基本的には放任的で、よく子供を褒め、滅多
に叱らないが、本当にいけない時は叱るという感じだった。
今となってはそんな風に育ててくれた母にすごく感謝しているし、
母はやっぱり私の中で生きていると感じるのだ。
この世にはもう居ないけど、私と璃桜の存在自体が、母がこの
世に生きていたっていう証であるんだね。

私が小さい頃の母はいつも明るくていつも笑っている。そんな
印象しかない。そして、そんな母が大好きだった。
晩年は病気をきっかけに、笑顔も少なくなり、精神的な苦痛で
つらそうだったのに、私はまだ未熟だったのもあり、母のそんな
つらさも理解できず、うまく意思疎通が出来なくなっていた。
母の事を疎ましく思ったり、きつくあたったりした事もあった。
それなのに、母を失ってからの方が、母の事を思う事も多いし、
愛しさも感じる。皮肉な話である。今となっては母との楽しかった
事しか思い出されない。つらい事もいっぱいいっぱいあったのに。
不思議だね。

今年もまたコスモスが咲いた。今は毎年この花を見るのがとて
も楽しみだ。コスモスを見ることによって、母の事を思い出し、身
近にも感じ取れる。
璃桜にも毎年コスモスを見せてあげたいと思っている。
「これが璃桜の花だよ。とってもキレイな花でしょ。それに、とても
丈夫で強い花なんだよ」ってね。
母があの日教えてくれたのと同じように・・・。

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